2016年03月25日 16:33  

素敵な出会い

幸田の家です。本日岡ビズというビジネス関係の打合せの際に、ひょんな事から名刺交換をさせて頂きました。
お隣の市の認知症のデイサービスの代表の方です。
以下 ブログより抜粋致しました。
とても感銘出来る内容で、自分自身襟を正す内容でした。
また、介護の事で色々とお話をし、より良い業界にしたいと思います。
デイサービス青空 ブログより
http://dayaozora.blog.fc2.com/


代表兵藤の認知症ケアへの想い

「今なら言える…」

 “認知症ケア”今やその言葉はいたるところに溢れかえっています。もちろんその数だけのケア方法があり形があります。しかし、どんなに立派なケア方法であったとしても「想い」がなければ何ら意味がなくなってしまうのではないだろうかと思うのです。それは、利益と引換にしてでも見失ってはいけないこと。それを教えてくれたのは…私の親父です。

 今でこそ“認知症”の言葉が世間で周知され始めていますが、私がこの世界に入った2003年頃(13年前)は“痴呆”と呼ばれまだまだ一部の方にしか知られないような時代でした。そのような時代に「これから更に高齢者の方は増え、痴呆は社会問題になる」と言い岡崎市内で単独型としては初となる認知症(痴呆)対応型通所介護を開設したのが…私の親父でした。

 今でこそ理解できる“あおぞら”の手厚い職員配置(最低でも利用者2名:職員1名)や、認知症ケアに対する考え方など外に修行に出ていた当時の私はその全てに反発していました。その一番の理由は、親父が考える全く利益にならない経営方針。どれだけ働いても、お金は減る一方。先の見えない将来へ不安を感じ何度も衝突していました。やがて外から戻り“あおぞら”で勤め始めてからも、どこか浮き足立っている私に親父がこう言ったのです…

「利用者さん、家族さん、職員さんがお前に向ける表情が今のお前の顔だ!福祉の優しい言葉の隠れ蓑にして利益を優先し、それを求めるなら、この仕事を辞めろ!!」と。

 自らの将来の不安から、大切な何かを見失っていたのは私だったのです。この言葉の後、周りを見渡してみると徹底した職員配置から安心して過ごす利用者さん。自分の気持ちを上手に伝えられなく困った表情の利用者さんに対して先回りして安心できる言葉かけをする職員さん。そして“ハッ”と思い出した前の職場で、ある利用者さんから言われた言葉でした…「今日、あなたと初めてお話ができて嬉しいわぁ」。この言葉を帰りの送迎車の中で言われたのです。私自身が知らずのうちに当たり前と思っていた“介護”とは、完全に職員主体で恥ずべき姿だったのです。それに気付かしてくれたのが…私の親父でした。

 平成22年12月に他界した親父。仕事業務内容は何一つ教えてくれないまま、逝ってしまった親父。あれから5年が過ぎ、感じるのです。親父の考え方がどれだけ素晴らしく勇気が必要なことであったのかと。そして、今の私の介護に対する考え方の礎になっていることを。自分の死と向き合いながら、本当に大切で伝えたかったことをしっかりと背中で教えてくれたのだと思います。“あおぞら”ケアの根底にあるものが親父の残してくれた考え方なのです。「想い」これが如何に大切で重要なのかと。

あの時は言えなかったけど、今なら言えます…私の一番尊敬する人物は「私の親父」です、と。


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